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バンビエンとドラッグの関係について その2

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先日のエントリーで、バンビエンのドラッグのルールの厳しさについて触れました。こちらのエントリでは、規制が厳しくなっていった背景について書いてみます。

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again.hateblo.jp

Photripで書いた原稿の補足となるため重複している部分もあります。

photrip-guide.com

バンビエンでドラッグ規制が厳しくなった理由のひとつに、西洋人バックパッカーの傍若無人なふるまいがあります。バンビエンという土地は、90年代以降バックパッカーによって発展させられてきた歴史があるのです。

バンビエンはナムソン川を使ったアクティビティが盛んなため、川沿いで数多くのバーが運営されていました。それぞれのバーではチュービング客の休憩所として利用され、客引き合戦の結果サービスがどんどん過剰になっていきます。それに釣られて客のアルコールやドラッグの過剰摂取が状態化していきます。

川沿いのバーではバックパッカーたちが集い、毎日騒ぎまくっていました。主だった産業がない田舎町が観光地として発達するために、地元民はその様子を大目に見る必要があったのです。バーは無法地帯化することになります。

アルコールやドラッグを大量摂取した状態で川遊びをすると危険性も増します。毎年ドラッグやアルコールの摂取で自分をコントロールできなくなり川で溺死する旅行者の数も増え続けていきました。最大で一年に27人がナムソン川で亡くなったと言われています。

バンビエンの看板
バックパッカーのふるまいについての注意書き

ナムソン川での死者数の多さを問題視し、ようやく2010年以降に政府の介入が入るようになります。多くの川沿いのバーは閉鎖され、ドラッグに対する規制も厳しくなりました。旅行者のふるまいを大目に見きれなくなったのです。もちろん、規制が入ったことによる弊害もあります。ピーク時に比べてバンビエンを訪問するバックパッカーの数が大きく落ち込んだのです。バンビエンはバックパッカーとともに発達してきた町なので、あらゆるお店の収入が大きく落ち込みました。経済的なダメージは現在でも深刻な問題です。

以上が自分が調べた限りでのバンビエンとドラッグについての関係です。政府介入の歴史については、以下の動画と文章をご確認いただければより詳しく理解できるはず。

www.youtube.com ▲ 政府介入以前と以降の違いを主にラオス人側の視点から描いた動画

matadornetwork.com ▲ パーティーでなにが行われていたかを西洋人目線で伝えているレポート

Photoripの原稿でも書いたとおり、現在のバンビエンは自然を使ったアクティビティが売りのクリーンな観光地に生まれ変わりつつあります。ドラッグなしでも楽しめるのんびりしたいい町です。リラックスしたい方はぜひ遊びにきてください。

旅の指さし会話帳64ラオス(ここ以外のどこかへ!)

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